2010/11/25

八年

一昨日、墓参りに行ってきた。

お墓にはすでにたくさんの花が供えられていて、
八年経ってもまだ多くの友人が訪れてくれる。

居間も花で清らかになった。

語りかける言葉は、何年経っても、「すまない」

当時、まだ、やれることがあった。
やらなければいけないことがあった。

もう、何もしてあげられないけれど、
僕の生きざまで、返すから。

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2009/11/25

年に一度の花いっぱい

今年もお花をいただきました。

七年間、覚えていただける幸せ。

それにしても光陰矢のごとし。

今夜はじっくり語ろうね。

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2009/03/22

空の青さが眩しいだけさ~  3

3人で墓参りに行ってきた。真摯に手を合わせている子供たちの姿を見ると、何年経っても、、、、

悲しくて目をおさえたんじゃない、空の青さがまぶしいだけさ

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2009/01/12

テニスのこと

3連休真ん中の今日は、明日のテニス大会に向けてチーム練習をしてきた。1週間前に比べると、だいぶ忘れていた感覚が戻ってきた。

テニス復活、そろそろいいのかもしれない。

2000年11月11日、妻の病気が発覚したその日、彼女の平癒を願って僕は2つのものを断った。ひとつは煙草。もうひとつは20年近く通っていたテニススクールだった。

それ以来、お付合い程度にラケット握ることはあっても、進んでテニスをしたいと思ったことはなかった。僕がテニスを始めたのは中学の時、大学では同好会に入って妻とも知り合った。結婚してからは二人で近所のテニススークルに通っていた。そのへんのことは以前も書いたが、テニスは妻との思い出が深すぎるのだ。

テニス大会を開こうという話に巻き込まれたのは、昨年の七回忌の頃だった。一区切りなのかも知れない、それが偶然とは思えず、これをきかっけに本格的に復活するのもいいかと考えた。

いよいよ明日はテニス大会。振り返るのが一番辛い思い出に正対する覚悟はできた。テニスに前向きになってみる。

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2008/12/24

サンタになれないクリスマス

次男が意味ありげな顔で言ってきた。

「今年はサンタにXBOXでも頼もうかな」
「サンタが来るのは中学までだぞ、お兄ちゃんもそうだっただろう。残念だな。」

今夜、我が家にはサンタが来ない。

妻が亡くなって一か月後、混乱の中でクリスマスを迎えた。意地になって、いつもどおりのクリスマスを装った。何処に仕舞ってあるかわからないツリーを探し出し真夜中に飾り付けた。プレゼントの買出しも、いっぱいいっぱいだったので、当時高1の長男はもういいだろうと考え、サンタは中学までというオブ家のルールを決めた。

たしか長男が生まれた年からサンタが来たから、20年以上も続いたのだが、今年からサンタが来ることはない。子育て儀式がまた一つ終わり少し寂しい。僕にサンタが来なくなったのは中学生だったと思うが、親も同じ思いをしたのだろうか。そんなこと考えたこともなかった。

想像力が足りない。

本日、新幹線の中で、瀬名秀明の「第九の日」読了。前作の「デカルトの密室」は、そのテーマのあまりの深さに、楽しむというより格闘しながら読んだ。その続編。ロボットが心を持つことで、人とは何か、心とは何かが、見えてくる。

「ぼくたち人間だって最初から視点を自由に操れるわけじゃない。経験や物語を通して少しずつ学んでゆくんだ。大人になってもうまく視点を操れない人はたくさんいる。いいかい、人間にとって他人の心に中に入り込んで感情移入する能力も大切だ。でも一方ぼくたちには、全体を見下ろして、すべてをお芝居のように、システムとして捉える能力も不可欠なんだ。」

視点を切り替えて、相手の心を思いやる、想像力を働かす。今年は新幹線の中で、たくさんの物語を読んできたが、少しは僕も優しくなれたのだろうか。

ンタになれないクリスマス。

想像すれば、世間の親が皆越えてきた、どうってことのない一里塚なのだろうに、なぜこんなに感傷的になるのだろう。

想像してもらうと、イブのこの時間に書き込んでいるということは、息子二人は外出中。パッと陽気なイブを求めているわけではないが、この一里塚をしみじみと妻と噛みしめて、乾杯でもしたかった。

すこし心が寒がっているのか。
冬だから仕方がないか。

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2008/11/30

6年経っても

25日は妻の命日で、先週の連休に七回忌を済ませた。日本晴れの下、お寺で法要を行って、親族でお墓に行くと、PTAのお母さん達が集まってくれていた。何年経っても、多くの方が墓参してくださり、本当にありがたい。

墓前で手を合わせる就活用スーツの長男、高校の制服の次男。6年の月日を計るには、やはり彼らの当時の姿を思い浮かべるのが一番なのだろう。

100_3778_2その後、場所を変えて内々の食事会をして、夕方、年に一度だけ生花が飾られている我が家に帰る。墓では落ち着いて話も出来なかったので、妻の遺影に向かって、あれこれと会話をしていると、酔いも有って少し疲れが出た。

ウトウトしていると夜も深くなって、さて夕食となったのだが、外食や買出しに出かける気力がなく、遅い贅沢な昼食の後だしと、有り合わせの具でオニギリを作る事にした。炊きたて熱々のご飯を握るのは、僕には難しく、恥ずかしの不揃いニギリになってしまった。

P1000140 それを眺めていると、この6年の不器用な男手暮らしを象徴しているように感じた。

○○子~、6年経ってもちっとも上達しないよ。

でも、妻と会話しているうちにどこか吹っ切れて、頑張ったことは誇ってもいいのかなと、苦笑しながら記念にカメラに収めた。これが僕の6年なんだから。

翌日、今度は大学時代の仲間が墓参りをしてくれた。昨日とは打って変わって冷たい雨の中、14人もの同級生が集まり、雨風でなかなか点かなかった線香を供えてくれた。

その後、鍋を囲んでの同窓会。妻の思い出話がやはり中心となるが、これはこれで少し辛い。

私など眼中になく、オブ君は○○ちゃんが大好きだったからね~。

と、女性達から、からかわれるたびに、妻のいない寂しさが込み上げてきた。そう、間違いなく、6年経っても大好きなのだ。

週が明けて仕事に取り掛かっても、懐かしさや悲しさや寂しさが心に残って沈みがちだったのだが、新しい仕事でスエーデンの人と会食したり、1月のシニアテニス大会の幹事の話が舞い込んだりすると、週末にはまた、前向きな気持ちが湧いてきたりして、、、

この辺が、6年という距離なんだろうか。

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2008/02/14

母心満期の話

次男の学資保険が満期になったというハガキが来ていたので、郵便局で受け取ってきた。

行くのにあたって、たしかこの辺だったと、保険証書を探し出してみると、そこには久しぶりに見る妻の筆跡が有った。僕の名前と次男の名前。加入日を見ると次男がまだ生後3ヶ月の頃で、そんな時から息子の学費を心配していたようだ。その時、僕に相談したのだろうが、僕はたぶん上の空で答えたのだろう、全く覚えていない。

15歳になった息子を想像しながら、保険の契約をしたことと思うが、その姿をまさか見ることが出来ないとは、思っていなかっただろう。妻のさまざまな思いのこもった証書を窓口で手渡した時、少し涙が出そうになった。筆跡部分をコピーしておけば良かったと、ちょっぴり後悔した。

満期金の一部を摘み食いでもしようかと思っていたが、3ヶ月の息子を抱いて思う母心を想像すれば、一円も疎かにできないと、全額次男の授業料引き落とし口座に振り込んだ。

これで高校の学費は心配なし。妻よ、ありがとう。

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2007/11/26

妻の命日でした

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また今年も我が家は花いっぱいになりました。ご無沙汰一年ぶりのお礼の電話。お互いの家族の近況報告。墓参りに行けば、こちらも花いっぱい。変わらぬ妻の友人達に感謝。

写真はバカラの天使たち。二つの小さい天使は息子達がそれぞれ10才になった記念に買い揃えたもの。大きい天使は妻の一周忌に。この日に飾り棚から取り出して並べれば、クリアな光が心安らかにしてくれる。

ご無沙汰しました。忙しかった仕事もプライベートも一段落。気がつけば一ヶ月以上の空白ですね。ブログ復活です。

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2007/10/14

密室事件始末

相変わらずの呑んだくれで、金曜日もタイ料理で一杯やって家に帰った。玄関からそのまま寝室に直行。ドアを開けようとしたが、ロックされていて開かない。勿論、ノックをしても応答は無い。

このドアはトイレと同じように、内側のドアノブにプッシュボタンがあって、中からロックできるようになっているのだが、何かの拍子でボタンが押されたままドアが閉まったようだ。

酔った脳でも事態の深刻さに直ぐに気付いた。僕の日常品はすべてこの部屋にある。衣服も仕事の書類も卓球のラケットも。寝室に入れないということは、家に入れないのとあまり変わらないのだ。

そして、ある事情があって、僕はこの部屋の鍵を持っていない。

この家には結婚した時から住んでいるのだが、トイレを除けば、唯一寝室だけが鍵がかかるようになっている。夫婦のプライバシーを守る為にそうしたのだが、実は新婚当初から妻がこのロックシステムを最大限に利用することになった。

というか、夫婦喧嘩をした時に、妻がいつもこの部屋に閉じこもって、僕が改心してドアの前で謝るまで、そこから出てこないという作戦に使われた。従って、我が家のアマテラスオオミカミが天岩戸の鍵の場所を教えるはずがない。それを秘めたまま、天国に行ってしまったのである。

その後5年間、毎日のように寝室を使いながら、何かの拍子でロックされてしまうことなど考えた事もなかった。「タイヘンだぁ」と酔いが一気に醒める。まずは、ドアの向こうにある、明朝の卓球練習で配ることになってる秋の大会の案内プリントが気になる。それどころか、着替えが無い。一日中スーツ姿か。

ダメモトで我が家の鍵置き場に行く。日常に使う鍵以外に、両方の実家の鍵だとか、旧い自転車キー、鞄?、どこぞの引き出しの鍵など、訳のわからないものも沢山掛かっているので、それを鷲づかみにして、ひとつひとつ試すが、鍵穴はピクリともしない。

パニック、パニック、パニック。・・・あわててる~♪ 近所で看板を見かけたことがある、鍵開け屋は何処だったけか。営業時間は何時からだろうか。などと考え始める。

ヘナヘナとなって、ネクタイを緩めながらソファに座る。「鍵の場所は教えないわ、あなたは知らなくていいのよ。」 妻の声が、表情が、蘇ってきた。あれはいつの会話だったか。

そうだ、遥か昔、多分まだ子供が生まれる前、一度同じようにロックされたことがあった。あの時の会話だ。確かあの時彼女は、あの辺りに歩いていって、僕の視界から消えた。

だとすれば、あそこかも。と、新婚当初からあるチェストに目をつけた。六段の引き出しのうち、一番上の文房具、二段目の薬箱はよく開けるのだが、その下は、普段開けたことが無い。一番下から探し始める。この段は名簿入れだった。子供達の幼稚園小学校のクラス名簿、大学のゼミやクラブのOB名簿、住居移転のハガキなどなど。下から二段目は、妻の関係の書類。PTAだの、習い事だの。

そして下から三段目。ここは・・・。

結婚当初のガラクタ入れのようだ。何かで貰った景品やおまけ。旅先で買った小物類。なぜか旧いカセットテープも数本。新婚当時、妻に買ってあげたコンパクトカメラ。それからブログにも書いた僕のコダックインスタマチックもなんとここに有った。

100_2808_2そしてついに。幾つかの未使用のキーホルダーがあるなか、奥底に隠れるように鍵付きのキーホルダーが。何時何処で買ったかは思い出せないが(わー、ゴメン、新婚旅行だったっけ)、うっすらと覚えている大きな妻のイニシャルが付いたキーホルダーがひとつ。ドキリ。きっとこれだ、そうだろ。傍らに妻がいるような気がする。

すぐに寝室のドアノブに鍵を差し込む。
カチリ。密室は開け放たれた。

鍵置き場に掛けようと思ったが、考え直して元の場所に戻すことにした。引き出しに仕舞って、そのチェストの上に飾ってある妻の写真に目をやると、「見つかっちゃった」と妻が言った気がした。

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2007/03/31

桜を見るしあわせ

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昨夜は目黒川の夜桜を見てきた。
その前日は飯田橋の土手を。
若い頃から、花見のどんちゃん騒ぎはしてきたが、
しんみりと桜を愛でるようになったのは、この数年のこと。
憑かれたように桜を追いかけるようになった。

主治医が妻に病名を告知した時、
「来年の桜を見ることができますか」と妻は聞いた。

桜を見るしあわせ。命有るしあわせ。

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