2009/12/14

お楽しみはこれからだ

相変わらず咳と頭痛が収まらずどこか重苦しかったり、ボーナスが出てちょっぴり浮き立つこともあった、そんな週のウィークエンド日記。

金曜の夜は、お一人さまでオペラ「エフゲニー・オネーギン」を観る。以前も有った気がするが、のど飴を頬張りながらの咳との闘い鑑賞。もともとチャイコフスキー好きだから若干の予備知識は有ったが、想像以上に良かった。オペラというと絢爛豪華なイメージがあるが、こういう渋い人間劇もあるのだと発見した。

良い作品に巡り会い、いつもなら幸せ気分に浸るところなのだが、落ち込んでいる日々では、そうはならないらしく、この発見を伝える相手がいないことが妙に寂しく感じてしまった。渋谷からの帰路は、一人遊びの孤独が沁みる、寒い寒い道のりだった。

翌土曜は朝から卓球。ママサンたちの「おはよう」の挨拶に、少し孤独感が癒されるから、単純なものだ。午後はサイクリング。忠臣蔵の吉良邸跡で催されている元禄市に行く。毎年のようにブログに書くが、僕とっては討ち入りが過ぎると年の瀬になる。

その後、錦糸町の魚寅まで自転車を進め、夕食の買出し。さわらの味噌煮に挑戦。上手くいって子供達に褒められる。ちょっと元気が出る。

日曜は年越し準備。いつもと同じカレンダー・手帳を買い、年越し蕎麦とおせち予約。ボーナス配分に頭を巡らす。若干、物欲がでてきて、ついにアレを買う決心。その予約もする。

夜はこのところの我が家の恒例パターンになっている、NHKドラマ「坂の上の雲」を観る。このテレビのおかげで日曜も外食なし、僕の手料理が続く。今夜はチキンのグリルとスパゲッティ。

「坂の上の雲」は、高校三年生の時に読んだので、うろ覚えだけれど、日清日露とこれかららどんどん面白くなる。本当は司馬作品なら「翔ぶが如く」あたりの重厚な奴が好みなんだけれど、一番元気になるのが「坂の上の雲」だから、今の日本人にも、僕が読んだ頃と同じ年頃の子供達にも、そしてちょっぴり元気のない僕にも、ちょうどいい。

それから、もうひとつ、

「悩んだときに元気が出るスヌーピー」を読んだ。

子供の頃、「サザエさん」なんかと比べて、「ピーナッツ」はちっとも面白くないと思っていたけれど、こんなに奥深い漫画だったとは。名言が幾つも出てくる。

配られたトランプで勝負するっきゃないのさ

人生その通り。配られるカードに文句を言っても始まらない。運も不運も、そして孤独も。まさか、スヌーピーに教わるとは。

なんかこの週末に元気の階段を数段昇って、あらためて手帳のスケジュールをみたら、年末年始の予定がぎっしり。忘年会あり、京都と姫路の出張も、子供たちとの外出も、卓球もテニスも、お一人さま鑑賞も、

それにアレを買うことにしたし。

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お楽しみはこれからだ

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2009/10/17

秋なのに

「春なのに」とくれば、「お別れですか~♪」となるのだが、秋だというのに、僕の周辺は色々新しいことが始まっている。

まずは、某大学シニアOBによるテニス同好会対抗戦の開催準備がまた始まり、昨夜、幹事の一回目の会合が行われた。来年の大会は、参加する同好会数を増やして、一段大きくなることが決まった。これから大会当日まで、去年のように大会の準備会、出身同好会チームの取りまとめ、自身のテニス練習としばらくバタバタが続きそうだ。

実は、卓球にも変化があって、皆がそろそろ上達してきたということで、ついに我がクラブも公式試合にデビューすることになった。12月の某大会にエントリーしていく。テニスも卓球も今以上に頑張らないといけない。

仕事のほうは相変わらずなのだが、今回、「国際人育成研修」とやらに選ばれてしまった。なにも定年まであと数年の僕を選ばなくても候補は大勢いるのに。11月からの1年間プログラムなのだが、既にいきなり分厚いビジネス本数冊が予習として送られてきたし、開始早々には英会話の実力判定があるらしい。あわてて息子たちの英語の参考書をパラパラとめくり始めている。こっちはこっちで頑張らなくてはいけなくなってきた。

100_5566 そんな重圧の中で、楽しいことしては、NHKで「新・三銃士」という人形劇が始まった。夕方放送の連続人形活劇と聞けば、僕の中に僅かに残った少年の心が弾む。しかも脚色三谷幸喜とあるので、思わずガイドブックまで買ってしまった。

そしたらやっぱり、三谷氏は「新・八犬伝」のファンだったようで、インタビュー記事にはこんな記載が。

「新・八犬伝」は、仲間を集めていくお話で、エンディングテーマはナレーションを担当した坂本九さんが歌ってらっしゃいました。僕は物語とその詞の内容から、「自分には仲間がいる。まだ出会っていないだけ」ということを学んだのです。仲間が集まったところから物語が始まる「新・三銃士」は、「新・八犬伝」のいわばアンサー、、、、

おおおおぉ~ 4年前にブログに書いたこの曲ね

僕の思い出が完全に重なっている。

さすがに小学生でないので、夕方6時に家でテレビを囲めず、録画に撮って楽しんでいるが、心はあの時のまま。ナレーターの爆笑問題田中クンに九ちゃんが重なり、悪女ミレディーが登場すれば船虫と重なり、平井堅の歌うエンディング曲「一人じゃない」にじっくりと耳を傾けている。

勇気を出して振り返ってごらん
そこにはきっと君の仲間がいる

知らないだけだった、独りぽっちじゃないんだ。

テニス連盟の先輩諸氏、卓球対外試合、若手に混じっての研修、秋なのにいろいろな出会いが、これからきっとあって、そこには重圧もあるが、楽しいことも結構あるようだ。

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2009/09/05

09年夏の旅⑥ おまけで、映画のこと三題

クイズ、何の写真?

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宿泊していたシーワールドリゾートのすぐ近くで、「ナルニア国物語 第3章」の撮影をしていた。アスランは見当たらなかった。さすが、ゴールドコースト。俳優たちもどこかのホテルに宿泊しているのだろう。

さてさて、旅も終りに近づいて、帰りの飛行機で公開前の映画を2本観た。

96h 一本目は、「96時間」。リュックベッソン製作とあっては、ニキータ、レオン、アンジェラ大好きの僕としては見逃せない。離婚した元妻と一緒に暮らす娘が、旅先で誘拐された。96時間以内に助け出さなければ殺されてしまうと、たったひとりで探し出し助けに向かう、元工作員のスーパー父ちゃんの話。リュックベッソンならではのダーティアクションを堪能した。

Faubourg もう一本は、「幸せはシャンソニア劇場から」。名作「コーラス」のスタッフが作った映画で、ラストで親子になる先生と生徒が、今度は最初から親子役を演じていている。不況で閉鎖に追い込まれたシャンソニア劇場を、従業員たちが再生していく感動物語だが、「忘れられない感動はいつも音楽と共に」と宣伝文句にあるように、ミュージックシーンも素晴らしかった。

偶然だが、どちらの主人公も離婚して、子供は再婚した元妻と暮らすことになる。片方はスーパーダーティヒーロー、片方は失業中のヨレヨレオヤジ。一見対称的のようだが、ともに離れて暮らす子供への思いは深く、失格親父の意地の見せ所といったところに思いっきり感情移入できた。

帰りの飛行機の中まで、しっかり父親で有り続けた旅だった。   (完)

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2009/05/01

グラン・トリノ、男のバトン

昭和の日は次男の友達が我が家に大勢押しかけるということになり、朝からバタバタと家の中を片付け、彼等の昼食の準備をした。それから、一緒に居場所を失った長男と相談して、映画に出かけることにした。選んだのはイーストウッドの「グラン・トリノ」、珍しく二人の意見がピタリと一致した。

結論からいうと、至る所で奥深いメッセージを感じた良い映画だった。感動した。一般的には、「偏屈で口が悪いコワルスキー老人が、隣に越してきたモン族の家族と触れあううちに、身内より神父より、彼らに心を開いていった。彼は変わった。青年タオを男にするという生きがいを見いだし、戦争の悔恨、誇りあるフォードの凋落、最愛の妻を失った孤独、体を蝕む病魔といった苦しみから救われていく。そして、タオの為に選んだ衝撃のラストシーン」となるのだろうが、、、

僕には、コワルスキーは何も変わらず、ラストシーンも意外でも衝撃でもない当然のラストに思えた。なぜなら、こういう頑固ジジイこそ僕の理想であり憧れであるから、感情移入もすんなりとできて彼の心がわかる気がするのだ。コワルスキーは何ひとつ自分を変えることなく、人生の終わりに、これまでに築き上げた価値観をタオに伝え、自分と同じ過ちをするなとも伝えたのだ。ビンテージカー・グラントリノこそ、人生というトラックを一周した彼が渡した男のバトンだったのだ。

100_4415_2でも、憧れてはいるが、あんなにカッコイイ爺さんには到底なれない。映画館で買ったプログラムもカッコ良すぎだ。グラントリノの前にライフルを持って立つ、Tシャツの似合う腹の引き締まったイーストウッドは、ダーティハリーの老後そのままだ。コワルスキーの指ピストルが44マグナムに見えてくるのは僕だけではないと思う。

ローハイド、荒野の用心棒、ダーティハリー、マディソン郡の橋、とても長い時間憧れのイーストウッドを見てきたことになる。実は、妻との最後のデートも、病院帰りに観た「スペース・カウボーイ」だった(備忘録代わりにここに書いておこう)。そして監督イーストウッドは、ミリオンダラーベイビー、硫黄島も含めて、生きざま死にざまを、タオだけでなく僕にも伝えてくれている。

それにしても、映画の中であまりにも旨そうにビールの飲み続けているので、思わず帰りにたくさん買い込んでしまった。この連休は、メタボ腹ながら、イーストウッドを気取ってビールを飲むことにする。

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2008/12/13

少年NHK

この不景気の中でTUTAYAだけは業績が良いらしい。みな外出を控えてビデオばかり見ているからだという。そういう僕も何となくテレビの前に居る時間が増えてきている気がする。

だが、プロ野球がシーズンオフの今、見たい番組はほとんどない。くだらない番組が多すぎる。お笑い芸人が 美味しいものを食べたり、クイズに答えたりするのを見て、どこが楽ししいのか。

それなので今月からスタートしたNHKオンデマンドを試してみたら、懐かしい過去番組の数々にすっかり嵌ってしまった。迷宮のようなHNKアーカイブに入り込んだら抜け出せなくなった。

これまでにさっそく購入した物、「シルクロード第一集、第二集」「ステージ101」「タイムトラベラー」

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どれも何十年ぶりの再会に懐かしさで胸が高鳴る。うろ覚えのなかで当時の思いがよみがえり、そのうえ、こちらがオヤジになったゆえの新鮮な発見もある。

「シルクロード」から流れてくる喜多郎のテーマ曲と石坂浩二のナレーションは、僕の当時の中国旅情を呼び覚ました。昨年やっとそれが実現し訪れた西安の街と映像とはずいぶんと違っていて、時の流れを実感する。石坂浩二の声も若い。

「ステージ101最終回」から流れてくる歌は全部知っていて、思わず口ずさんでしまう。当然レコードも持っていたのだが、実は少年オブはエアチェックというのか、当時の番組を録音していたのだ。カラオケのない時代、歌うということは誰かに聞かせるのではなくて、ひとりで口ずさむ、あるいは仲間と皆で歌うものだった。ごそごそとカセットテープを取り出してみた。少年オブのきたない字(今もだけれど)とも再会。

そしてなんといっても「タイムトラベラー」だ。懐かしさに涙が出そうになる。HEROESのヒロより既に何十年も前に、時空を移動する物語に胸を躍らせ空想したものだった。当然、その後に出版された本もしっかり本棚に収まっている。思い起こせば、この芳山和子という少女を少年オブは好きだったような。ちょっと調べてみたら、この女優さん、今は柳ジョージ氏の奥さんらしい。

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ついでにざっと本棚を見渡して、全巻揃いの日本史探訪とコロンボを発掘。いずれはこれらもラインナップされるのだろうか。

NHKは年寄り向けのチャンネルと子供の頃から思ってきたが、どうしてどうして、少年オブにも深く組み込まれていたようで、認識を改めなければいけない。

そういえば新八犬伝もサンダーバードも名探偵カッチンも。それから、未来への遺産、大黄河、BSマンガ夜話。とにかく、とんでもない箱を開けてしまったようだ。懐かしの少年ドラマ、大河ドラマ、ドキュメンタリー、紀行、芸術、見たい番組ばかりだが、30分弱の番組が315円は高すぎないか。

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2008/11/04

引きこもり、赤いヴァイオリン、赤い壁

このところ週末に体調を崩していたのだが、先週は週が明けても四十度近い熱が続いて、とうとう二日ほど会社を休んでしまった。いつも僕が病気になると子供達は実家に寝泊りする事になっているので、今回もおひとり様で臥せっていたが、いつまで経っても熱が下がらず、月曜の朝、医者に行った帰りに買い揃えた僅かなコンビニの食料で、結局二日間、引きこもり状態に成ってしまった。

一歩も外に出ず、カーテンを締めてうつらうつらしていると、時間感覚がおかしくなる。数時間寝て、数時間起きて、真夜中だろうが眼が冴えて。明日は会社に行こうと思うのだけれど、体内時計がメチャクチャになってくる。ああ、引きこもりってこんな感じなのだろうかと垣間見えた気がした。水曜には少し熱も下がったので出勤した。職場に行けば、いろいろあったがが、結局何とかなってしまうのだから、サラリーマンは気楽な稼業ときたもんだ。

100_3749 熱が下がるに連れて、しつこい咳が出始め、それはそれで結構辛かったのだが、金曜には川井郁子コンサートのチケットを買って有ったので、随分迷ったが、やっぱりに癒しには音楽だと思い、ばたばたと週末仕事をこなして、若干遅刻したが、オーチャードホールに駆け込んだ。会場に入って、「しまった!」と直ぐに後悔した。待っていたのは咳との戦いだった。飴や水を口に含んで何とかはぐらかす。

ビジュアル的にも美しい美しいステージなのが川井郁子コンサートなのだが、今回は咳を抑えこみながら、眼を瞑ってじっくりと聞かせてもらった。終盤の新世界、浜辺の歌、ジュピター、レッドヴァイオリン、本当にいい音色だった。

三連休に入っても咳は止まらないのだが、今度は息子達と映画を見に行ってきた。

今、家族三人で映画を見ることは難しくなってきている。四十代の父と五十代の父は何も変わっていないのだが、子供達のこの十年の差は大きくて、もう、「ポニョ」などではダメなのだ。僕が誘っても子供達はピクリともしない。

100_3752 「レッド・クリフ?レッド・クリフ! あぁ、赤壁か」。数ヶ月前、雑誌でこの映画の広告を見て、真っ先に子供達に知らせた。三国志。父は二十代で横山三国志に胸を躍らせ、書架に有ったその本でいつのまにか子供達も嵌っていった。赤壁や五丈原は、前回の中国旅行を企画した時も、本当はみな共通の行ってみたかった場所なのだ。

そんなわけで、この映画なら三人で見に行けるわけである。マンガの世界でイメージしていたより遥かにスケールの大きい映像で三国志世界を堪能してきた。ダイジェスト的なところもあるのだろうから、横山三国志とは筋が違うのも多々あるが、それはそれで比較するのも楽しく、いずれにしてもパート2が早く見たい。

家に帰って、忘却の彼方の横山三国志を読み返す。赤壁の戦いは第26巻、奥付を見ると昭和56年11月、婚約をした頃だった。

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2008/01/14

地球コンビニ化の果てに

最近、記事更新の頻度が上がっているので、気付いている方も多いと思うが、10月ぐらいが忙しさのピークであった仕事も、クリスマス辺りから少しゆとりが出てきている。2月ぐらいまでは農閑期になりそうだ。

そんなわけで、昨年3月から全く観ていなかった映画も、先月「続・三丁目の夕日」「マグナム・フォト」と立て続けに観て、そのうえまた昨日、「アース」を観に行ってきた。

「三丁目の夕日」シリーズは登場する子供達とほぼ同世代の僕にとっては異質の映画である。西岸良平の原作天こ盛りのストーリーなどどうでもよく(といっても、しっかり泣いてきたが)、VFXで再現された世界にただ浸っているだけで、忘れていた様々なことが蘇ってくる。羽田の送迎デッキ、産院の畳の病室、まだ皆がブランド品など知らなかった頃のカメオ。などなど、画面の片隅の小物を観るだけでも楽しい。簡単便利になっていく暮らしのなかで、失ってしまった心根を思い出させてくれる。

そして、簡単便利になって失ったものは、ヒトの心だけではないということを強烈に訴えているのが、ネイチャードキュメンタリー「アース」なのだ。ほめたばかりではあるが、普段VFXのような虚像ばかりの映画を見させられているなかで、実映像の迫力を見ることの意義は大きい。前作の「ディープ・ブルー」も鑑賞しているが、そのスタッフがさらに壮大な映画を作ったということで、公開早々観に行ってきた。

この映画に登場する野生動物は、子供達が大人になる頃には、もう見ることが出来ないかもしれないという思いがあるのか、子供料金が500円になっている。でも、観る必要があるのは、もちろん大人たちの方であろう。

Terre地球のポートレートを作ろうとしたと監督は述べているが、息を呑む景観、季節の移ろいの美しさ、コミカルな動物達、子育て、弱肉強食といった良く見かけるテーマを、奇跡的な撮影で比類の無い映画に仕上げている。そしてそのうえで、環境破壊へのメッセージを繰り返し繰り返し訴えていく。

地軸が傾いたことで複雑な変化の繰り返しが生まれ、生命の星となった地球。命を育んだものは、その移ろいの中で苦難を越えて楽園を目指すエネルギーなのだと、この映画は伝える。白熊も象も鶴も鯨も。

人類だけが楽をしたいと、地球のルールを破って苦難からの逃亡を図ろうとしている。夏涼しく冬暖かく、より簡単に移動し、より便利に暮らしたい。しかし、その結果として招く地球温暖化が、野生動物のめざす楽園を遥かに遠いものにして、旅の途中で苦しみながら絶滅していく。

圧倒的な迫力映像の前では、やや蛇足的な渡辺謙のナレーションではあるが、何年も苦労して撮影したスタッフ達の魂の叫びなのだから素直に受け取ろうと、空調の効いた映画館のゆったりめのシートで、美しい地球を眺めている地球生命体の僕は思った。

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2007/03/03

親父たちの『フラガール』

昨日、新宿近辺での仕事の後、ふらっと閑ができた。おひとり様の花のフライデーナイト。そうだ映画でも観ようと新宿コマのあたりをうろつく。映画にはご無沙汰だったので、観たい映画が多く迷う。「硫黄島からの手紙」も未見だし、11年ぶりの周防作品も見たかったのだが、おぉ、「フラガール」がまだやっていると、これに決めた。

Hawai年とともに涙腺が緩んできて、映画で泣いてしまうのだが、息子達が隣の時は流石に恥ずかしいので、おひとり様の時に思いっきり泣くことにしている。

そんな訳で、泣くのなら「フラガール」だろうと思い選択して、そのとおりにボロボロと泣いてきた。男は、いや僕だけかもしれないが、悲しい話では泣かない。頑張って生きている人に泣く。だからラストのダンスシーンでは、「もう、涙が止まりませんでした」

『三丁目の夕日』と同じように、この映画も職場のオヤジどうしで結構話題になった。関東、東北方面で育った連中は、子供の頃にたいてい一度は常磐ハワイアンセンターに行ったようだ。遠い日を見るような目で、それぞれの想い出を語る。娯楽が少ない時代、どの家族もレジャーは同じで、そしてまた皆、ハワイに憧れていたのだろう。

少年の心が消えないオブは、実はその後スパリゾートと改称されてからも何度か訪れている。子供達がプールや温泉で遊ぶ姿を眺めながら、当時の光景、まさに映画のラストシーンの光景を思い浮かべていた。

当時から、父親がイロイロ解説してくれていたので、消え行く炭鉱の起死回生の事業だということは知っていた。フラガールも、ハワイの女性ではなく地元のお姉ちゃん達なんだと分っていたが、それでも気分は確かにハワイだった。ただ、このフラガールより、映画には出てこなかった男性達のスリリングなファイヤーダンスの方が僕には印象が強く、あぁ、まだ色気づいていなかったなぁと、映画を観て思った。

時が流れて、多くの人がハワイに行く時代、この施設の意味も随分と変わったのだろう。ここでお土産として売っている、常磐オリジナルのハワイアンホストのマカデミアナッツチョコを良く買って帰るが、ジョークが効いていて、本物のハワイのそれよりも貴重なのだ。

映画の中で、迫力のあるお母さんを演じていた富司純子さんがいつまでも変わらずに美しかったが、まどか先生に切ったタンカは、まさにこの時代の銀幕の中の緋牡丹のお竜が蘇ったかのよう。そんな感想もまた、親父たちの『フラガール』なのだ。

それにしても「東京サマーランド」、この映画で差をつけられてしまったな。

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2006/12/24

日比谷映画街で第九を

下の子は今スキーでお出かけ。昨夜は上の子と銀座で過ごすことにした。祖父母が成人式のお祝いにコートをプレンゼントをしてくれるということで、二人でそのコートを買いに行った。共にファッションなど拘らないほうなので、さっと入った百貨店で、わずか15分で選んで買ってしまった。

さて、これからどうしようかと迷い、そうだ映画を見ようと選んだのが、「敬愛なるベートーヴェン」。小さい頃、僕のCDの影響で、いつの間にかクラシック好きになった息子は、すでに僕の知識などはるかに上回って、大のクラシックファンになっている。これも、わずかな時間で、二人の意見が一致した。

Beethoven 第九誕生の裏には、それを支えた若き女性写譜師がいたという、完全なフィクションだが、断固で変人のベートーヴェンにはさもありなんという裏話になっている。

決して甘々の純愛ではなく、肥満でエゴでストイック、野獣と呼ばれているベートーヴェンの愛情と、それを受ける有能な作曲家志望のアンナは、まさに美女と野獣の物語。そして、ふたりを繋ぎとめるものは音楽。音楽は神の息吹だというセリフが印象的たっだ。頑固な僕には良くわかる、そして憧れる老いらくの恋なのかも。

特に第九の初演シーンは感動的で、10分ぐらいの抜粋ではあるが、この時期にあの合唱を聞けただけでも、見た甲斐があった。

その後、クリスマスの銀座を歩き、行きつけのBARで、二十歳になった息子と祝い酒。

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2006/11/06

父親たちの星条旗

連休ということで、息子達と映画を見ることにした。彼らが選んだのは「父親たちの星条旗」。

Flagsofathers つい最近まで、コナン君だのディズニーだのと言っていたはずだが、知らず知らずに成長しているようだ。無論、この選択に異存はない。なぜか大和も回天も興味を示さなかったのに、アメリカ視点の硫黄島は観たいと言う。どうやら二人とも学校でのこの映画の評判が良いらしい。

たしかに良い映画だった。

「その島で撮られた一枚の写真が太平洋戦争の運命を変えた」そして、そこに写っていた兵士の運命も変えた。父親が語らなかった硫黄島の真実を彼の息子が手繰って行く。

生還した衛生兵のドク、伝令係のレイニー、インディアンのアイラ。生きて帰ることが出来なかったストランクス軍曹、アイラの敬愛するハンク、ドクの親友イギー。星条旗を掲げた無名戦士6人の実話の重みがズシリと響く。

「兵士は戦場を語らない」という。帰国後もふとしたことで脳裏に戦場を蘇らせてしまう苦しみ。生き残って英雄扱いされる苦悩。国威発揚という茶番。語らないというドクの思い。それを何年もの歳月をかけて真実に辿り着いた息子ジェイムズ。語らなかった真実だからこそ、明らかにされた時により深い感動がある。

硫黄島といえば大戦力の米軍が僅かな日本軍を数で圧倒し殲滅したかと思っていたが、そう簡単でもなかったことがわかった。ちょっと暴力的な映像もあるが、綺麗ごとばかりで真実から目を逸らしてはいけないと懐かしのダーティハリーが言っているようだ。

「戦争に英雄はいない。国を思い、家族を思い、同僚のために自分の命を掛ける普通の若者がいるだけである」というイーストウッド監督のメッセージが伝わる。そしてエンディングロールの写真群。お涙頂戴ではない、ズシリと重い感動。いい映画だと思う。

家に帰り、買い求めたプログラムを読みながら寝床に着いたが、朝目覚めるとそのプログラムかない。さては映画館で貪るように読んでいた上の子かと思ったが、探してみると下の子の枕元に有った。彼らも感動を受けたようだ。これでこれからは、「ファミコンウォーズ」をプレイする時など、少し痛みを感じることだろう。

さて、この「硫黄島」はまだ半分。戦争に善と悪はないと語らせていたイーストウッド監督が放つ日本視点編「硫黄島からの手紙」。公開が楽しみだ。

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