2011/09/11

マクドで目覚める

ブログを長らくご無沙汰しているが、相変わらず仕事中心にバタバタと時に流され、特に深い悩みもなくお気楽に暮らしているのだが、

今朝、あることが切っ掛けで、ふと、これからの人生が妙に寂しく感じられ、不安になった。

いやいやと首を振り、どうせ息子たちは朝寝坊だからと、朝刊片手に散歩がてらマクドナルドに行ってきた。

いつものソーセージマフィンをパクつき、新聞を読む。3.11からちょうど半年ということもあってか、結構深い記事が多く、脳の中をいろいろな風が渡った。

そうだ、残る人生、姿勢を正して、魂を高めるだけだ。
寂しいか、寂しくないか。  そんなのカンケイねぇ。

なんかちょっと吹っ切れた。アイスコーヒーをぐぐっと飲んで、目線を上げたら、どこかにその思いを残しておきたくなった。

そうだとするとここしかない。さびしんぼに自ら鞭打つ痩我慢ブログに置いておこう。

充電が終わったかどうかわからないが、また書きだすかもしれない。

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2011/01/09

今年の誓い 2011

昨年を振り返ると、

仕事では、あしかけ3年間関わってきた関西某所の共同プラントが操業し、ひとつの区切りがついた。最初は広大な更地だったところに、大きな建物群が出来て、副知事だの市長だのが列席して開所式を行った時は感無量であった。

卓球では、8年目にして○○区の大会に出場し、対外戦デビューを果たした。他の卓球クラブと試合をすることで、井の中の蛙は大海を知り、仲間の蛙同士は連帯感でより一層仲良くなった。試合の度に飲むので、ますます仲良くなった。

定年後のセカンドライフに向けた研修を受けたせいもあり、先のことを考えようと、少し目線が上がったような一年だった。

さて、去年の誓い。

「掃除を頑張る」
「素直になってみる」

振り返ってみると、例年になく、年頭の誓いに影響された年だった気がする。

掃除については、実行はそこそこだったが、意外と自分は好きなんだと気づいた。ここだけの話、定年後は清掃の仕事に就いてもいいかなと思い始めたくらいだ。中国古典の「小学」に、掃除は人間を創る一番の基本だと書いてあることも知った。清潔に対して不感症になると、汚い行為を平気でやる人間になってしまうという。そして、掃除は素直な心を育てるともいう。

さて、その素直の方。うっかり使ってしまった素直という言葉は、相当奥深いというのが実感だ。自分に素直というのは我がままと紙一重だし、結局、人の好意を素直に感じ、素直に受取とろうと心掛けた。セカンドライフに向けて友達を大切にしよう、そんな思いが高まった。

素直に生きる、穏やかに生きる、慎んで生きる。いずれにしても、妙に生き方について、興味を持った年だった。

そして、今年。

最近、よく働き、よく遊び、よく学び、よく考えるのだけれど、どうもどれも直線的過ぎて、ゆとりがないような気がする。振り返ると、いつの間にか縁遠くなってしまっていることに、いくつか気がついた。その復活を今年の誓いにしよう。

「散歩する」
「空想する」

いつから散歩をしなくなったんだろうか。以前血圧計を買った時に、小さな万歩計も買って、歩く機会を増やしてきた。それでもそれは、隣の駅まで歩くとか、みな目的地を持ったウォキーングであって、気ままな散歩とはちょっと違っている。子供も育って、一人の時間も増えてきそうだから、あてのないブラリ散歩に出かけてみようかと思う。

空想。こちらも、あまりしないことに気付いた。プロ野球選手になったり、気になる女の子とデートをしたりと、子供の頃はもちろん、大人になっても、仕事の大金星や、偶然の巡り合いなど、けっこう空想していたはずだが、最近は現実的な想像ばかりで、つまらない年寄りになってきている気がする。もっと弾けた中年になりたいと、誓ってみることにする。

セカンド人生に向けての、ハンドルの遊びみたいなものか、この二つの誓い。

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2010/09/25

彼岸まで

このところ、我ながら良く働いている。

先日の三連休も、箱根にある会社の研修施設で重役たちと経営合宿。朝から夜中まで会議漬けで、二泊もしたのにゆったりと温泉浸かる時間もなかった。そんなわけで、普段頭の中は企業秘の仕事のことだらけで、浮かんだことがブログに書けない。

だからと言って、一心不乱に働いているわけでもなく、結構ひとり遊びに嵌まっている。そうして必然的に、お気楽お遊び報告ブログになってきていて、日々の重苦しい思いとは少しかけ離れていってしまっているかも。

手帳をめくって、夏休み明けから彼岸までのお遊びリスト。

・結果的につかこうへい追悼公演となってしまった「広島に原爆を落とす日」。落とす日だよ。やっぱり、つかこうへいは凄い。

・「地球交響曲第七番」。グレッグ・レモンの「死とは永遠(エターナル)」という言葉が心に残った。

・はとバス一日観光「東京などころ旅日記」。皇居前広場、NHK、明治神宮、東京タワー。おのぼりさん気分で再認識。

・英国ロイヤルオペラ「マノン」。天井桟敷でも1万9千円。えっちらおっちら5階まで上がって世界のネトレプコを堪能。

・この間にベイスターズ観戦、ドーム1回、神宮2回。1勝2敗。

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彼岸には、妻の墓参り。

「今度は愛妻家」をレンタル鑑賞したせいで、少しおセンチ。

最近「勤謹和緩」という言葉を学んだ。出典は「小学」。勤勉に、謙虚に(謹んで)、周りとの和を大事に、そして焦らず急がす緩やかに、生きていこうという座右の銘。

そんな生き方を心掛けていれば、妻も誇らしく思ってくれるだろうか。
こんなお遊び三昧でも。

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2010/06/03

歩き始めたら

毎年、なぜかこの季節になると、首に痛みがでてきて、借金はないのに首が回らなくなる。今年は特に痛みが頑固で、もう二週間ほど、職場を抜け出して近くの整形に通っているが、一向に良くならない。イテテテ。

その整形の待合室に血圧測定器があって、待ち時間の暇つぶしに計ってみたら、これが妙に高い。上は160台、下は110ぐらい。何日も通うたびに計ったのだか、いつも同じように高い。

きっと壊れているのだろうと思って、他の患者が計るのを覗き込むと、具合の悪そうなおばあさん達でも、まともな数字がでている。これはいけないと、今度は会社の診療所に駆け込んでみた。

結論。高血圧だけれど、しばらく様子見ということで薬は出ずに、食事の改善と減量を言い渡された。

そんなわけで、このところ出来るだけ歩くようにしている。首の痛みが道連れなのだが。会社の帰り道も、いつも線路に突き当たると、右に曲がって最寄駅に行っていたのだが、左に曲がって、隣の駅まで歩くようにした。

昨日も、外出先から50分かけて歩いて帰ってみた。木場あたりから、大横川、仙台掘川、小名木川を渡って、鬼平気分で家路につく。門仲の魚三も、高橋の魚三も、森下の山利喜も、前を通る時はつい覗き込んでしまうがぐっとガマン。

歩いていると、その間、よく考えるようになった。人生について、生き方についてのプチ哲学。頭の中が目まぐるしく動いていく。歩き始めたら、頭の旅に出るようになった。

この思いをブログに書きたいと思うのだけれど、あちこち動いて、なかなか考えがまとまらず、家に帰れば、直ぐに現実に戻って、ベイスターズを観て、世界卓球を観て、ツタヤディスカスで送られてくるDVDを観て、気がつくと眠くなってしまう。

そういうことで、書きたいことあるのだが、頭の旅日記が整理しきれずにいる。更新が止まっている言い訳。

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2010/04/05

忘れえぬ一瞬

小学校の五年頃だったと思う。

給食の時間が終わるころになって、オカズが一品届いた。給食室に忘れられていたようで、既に食器も片付けてしまっていたから、男子達が群がって、手掴みで食べ始めてしまった。リング状の烏賊の甘辛煮だった。

そこへ食器を取りに行った担任が戻ってきた。二十代半ばの女の先生だったが、激怒したのはいうまでもない。摘み食いをした全員を一列に並ばせ、お説教をした後に、烏賊の入った大きなボウルで、一人ずつゴツンゴツンと頭を打ち始めた。

僕の番になった、なぜか無意識に手が出て、そのボウルを受け止めてしまった。担任の表情が変わった。何倍もの強さに増幅された2度目のボウルが振り下ろされる。その一瞬に僕は思った。

「これはいけない、痛いからといって避けてはいけないのだ。これは罰なんだ。みんなも、ちゃんと受けているではないか」

そう考え、手を下げ頭を前に差し出した。
ガツンという大きな衝撃だった。
痛みのなかで、ちょっと大人になれた気がした。

摘み食いをして、罰は甘んじて受けなければならないことを教わった。

一度目から二度目までの1秒にもならないあの一瞬をいつまでも鮮明に思えている。4年から6年まで、その担任から多くのことを教わったが、なぜがこの体罰が一番の思い出になっている。

先週、その先生の訃報が突然届いた。

ブログに何度も書いたが、年に一度、同窓会を開いて、お会いしていた先生だ。

満開の桜の下で通夜が行われ、参列してきた。

今年の桜はとても悲しい。

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2010/02/20

仕事、がんばってます

「それで、どっちを選ぶんだ」

常務が聞いてきた。
AorB、どちらか決めきれていなかったので、少し動揺して、数秒考えて、薄っすら汗をかいた掌を開きながら答えた。
「Aでいきたいと思います」

月曜の早朝会議でのこと。前の週に、長らく平行線の交渉を続けていた相手から、二つの選択肢が示された。

厳密には違うがポーカーに例えると、A案はカードチェンジが一回。B案はチェンジしたカードが不満ならば、5回までリセットできるが、一度リセットしたらを「やっぱり、リセット前のカードの方がよかった」というのは許されない。勝つチャンスは多いが、負けたらA案の何倍も損をする結果になる。

会計士や証券会社のアドバイザーに相談したが彼らも決められない。法律的な背景や、それぞれのメリット、デメリットなどを整理して、この会議で説明した。

「それならば、Aでいこう」 僕に選ばせたが、常務も同じ考えだった。5回もチェンジできるのなら、たぶん勝てる。でも、仕事というのは損得よりも優先されるものが有る。

充実感のある選択だった。

火曜は一日研修。今回のトヨタのリコール対応について、会見などを徹底的に分析して、議論する。

いよいよ来年度の事業計画の作成が始まるということで、各条業部のプランナー(二年前までの僕)を一同に集めた会議が水曜にあった。そこで「何かしゃべれ」と20分を与えられたので、分析結果を示して、会社の将来について思いの丈を語ったのだが。結構うけて彼らの心にちいさな火をつけられたのではと、自己満足している。

木曜は、常務の鞄持ちで、某有名企業の本社にいって、重役にむかって「やっはりAにします」と回答してきた。そしてその夜は拙い拙い英会話教室。これでもう、4回目。

昨日は会議だらけ。M&A検討が2件。来週の関西出張の事前打ち合わせ。こっちでも大阪の某有名企業と譲れない交渉を続けている。

水曜の会社もそうだが、最近は株主説明責任というのが重く圧し掛かってきて、両社とも損して得取れ的な譲り合いが出来にくくなっている。互いに一歩も譲れないので疲れる交渉が続く。

こんな感じで、最近は仕事頑張っているなぁと、自分で思っている。

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2010/01/06

今年の誓い

(毎年長いが今年も長文、あしからず)

今月号の芸術新潮は、「わたしが選ぶ日本遺産」として、次の時代へ日本人が本当に伝えたいものが特集されているが、僕ならきっと「年末の大掃除」を選ぶだろうと思うくらい、昨年末は頑張った。

いつから大掃除というようになったのだろうか。子供のころは「すす払い」といっていたと思う。日本中が一体となって掃除をし、きれいになって新年を迎えるというのは、なんと清清しいことか。

実は、子供のころから掃除が嫌いだった。正確にいうと、人前で掃除をするのが。ちゃんと挨拶ができる子、片付けができる子というのが、「よいこ」の代表格であったから、僕はわざと出来ないふりをして、傍らにいる親を悲しませるようなへそ曲がりであった。ましてや、近所の人の前で、校庭や道端を掃除するような「スーパーよいこ」は、とてもおぞましく、絶対になりたくなかった。

それが今回妙に嵌ってしまって、きれいにしていくということは、自分の心も清められていくようだと、五十を過ぎて今さらながら分ってきた。それで、年が明けても、年末に終わらなかった分を続けていた。

本の整理もそうで、書庫から古い本を取り出して、ブックオフで処分したら2000円ほどになった。ただ、どの本を手放すかというのは結構な大作業で、手にとってパラパラとめくると、読み始めてしまうから、なかなか終わらない。

二十代で読んだ「松下政経塾 塾長講話録」も、もういいかなと手に取ったのだが、パラパラと見て、こんな一文をみつけてしまった。

いま、諸君が「素直な心にならなくてはいかん。素直にものを考えなくてはいかん。...」とそういうことを念願する。念願してもそういうことができるようになるには、三十年かかるわけです。諸君が五十歳を過ぎた頃にようやくなれる。

ガーン。五十を過ぎたのに、なれてなんかいない。

松下幸之助さんが教えてくれていたのに、この本が書棚に収まっていた三十年、僕は何をしていたのだろう。

話は年末に遡る。

写真は内面で切り取るものと教わって以来、自分の内面とは何かと考えていた。考えれば考えるほど、素直にならないと自分が見えてこないのではと思うようになった。

それで、年末に2回ほど素直になってみた。

卓球練習の体育館の片隅で、あるママさんから「ねえ、今度の土曜に合コンしない」とこっそり誘われた。飛び上がるほど嬉しかったが、ポーカーフェイスで「いいですよ」とだけ答えた。場所が決まったら連絡するといわれたのだが、いつまでたっても連絡が来ない。

いつもの僕なら、きっと誰かが僕を誘うのを嫌がったのだろうと、イジケて欠席にするのだが、ずいぶんずいぶん迷って、金曜も夜遅い時間になって、今回は素直になろうと、たぶん誘われていると思われる、卓球仲間で一番カッコよいパパさんに電話したところ、「オブさんもメンバーに入っていましたよ。場所は○○です。」と教えてくれた。

結局、会社のメールアドレスが異動したとき変更になったが、僕がそれを伝えていなかったのが、連絡が入らない理由だった。素直になれたおかげで、夜中の3時まで、たのしい忘年会に参加できた。

もうひとつは床屋の話。もう十年以上同じ店に通っているのだが、今回、大阪出張した時に、閑があったので現地の床屋で散髪してもらった。以前にも一二度そんなことがあったのだが、その時は常連の店には気づかれないようにタイミングを上手くずらして、浮気をごまかした。

今回は素直になろうと、正直に大阪でカットしてもらったので、何か他のコースはないかと電話で相談したら、頭皮と肌の手入れなんかいかがというので、それにした。へんにゴマかさなかったから、心苦しくない。素直というものは心地いいものだと感じだ。

ところで、鋭い方はすでに見抜かれているだろう。カットもしないのに床屋に行ったのが、合コンの当日であったことを。

話は長くなったが、そんなわけで、今年の誓い

「掃除を頑張る」
「素直になってみる」

へそ曲がりには、けっこうハードルが高い誓いなのだ。

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2009/12/16

無音

無音
ケータイLive投稿、第二弾。
今日は遅いチェックアウト。先ほどから、無音の世界に浸っている。このホテルはとても静かだ。

静寂のなかで、穏やかさを取り戻し、淋しさが消えていく。

昨夜は酔いゆえの戯れ言。無かったことにする。

Live投稿は危険すぎる。

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2009/11/23

酒と英語と旧作映画

相変わらず忙しい。よく考えると仕事はそうでもないのだが、オフがやけに忙しい。

こう忙しいと寡夫の孤独を感じている暇もない。妻の命日が間近のこの時期は、どうしも寂しさから逃れたくなって、忙しぶっているのだと、頭の片隅では理解しているつもりだ。いつもバタバタしていて、これでは今話題の結婚詐欺師も近づけまい。

「被害者の寂しさがよくわかる、僕も間違いなく引っ掛かると思う」と、先日の銀座のクラブで発言したら、おねえさんたちに怪訝な顔をされた。「でも、五十歩百歩なんだよ。あなたたちの優しさにフラフラとなって、大枚を支払うのと」と思ったけれど、当然その言葉は飲み込んだ。

酒と英語と旧作映画。このところはこんな毎日だった。

100_5604 酒。先週もよく飲んだ。恒例の卓球大会の昼間からの打ち上げを皮きりに、神楽坂の鰻で接待、九段の焼き鳥で送別会、銀座ではおばあちゃんの味を肴に同僚と。その合間には、しっかり我が家でボジョレーヌーボーも空けた。酒屋でペットボトル入りを発見。持ち上げると、何かのトリック??という感じで軽くて、惣菜と一緒に抱えて持ち帰るのには丁度いい。瓶のコーラが消えたように、いつの日かコルク瓶のワインも昔話になってしまうのだろうか。

英語。今受けている研修の一環でTOEICなどというものを受けざるを得なくなった。英語は苦手だ、自分の実力を知らせたくない、知りたくない。サラリーマン生活で幾度も有った危機をつねに逃げきってきたのだが、定年を数年残して、とうとう捕まってしまった。

100_5609 そんなわけで、読書も音楽鑑賞もしばらくお預けにして、しらふの時は一夜漬け的に英文法の本を読み返したり、ヒヤリングのCDを聴いたり、買い揃えてある字幕映画を観たりと(もちろん勉強のためというのは言いわけだ)、なんとなく心の隅に感じる重圧の日々を過ごしてきたが、それも先週、2時間の本番テストを終えた。結果がそのうち送られてくる。

旧作映画。英語の映画だけではなく、日本映画もよく見ている。しらふの時もそうでない時も。

100_5596いや、邦画のほうがむしろ多いくらいだ。ケーブルテレビでは森繁さん追悼番組が流れているし、実は半年ぐらい前から、「自宅に届く♪、ポストに返却♪」のCMソングのDVDレンタルにも加入している。予約テクニックを駆使すれば、リアル店舗ではなかなか借りられない人気新作も早々に届くので気にいっている。

でも、それだけでなく、上映時の覚えはない映画だけど口コミで好評のものが、検索しているとゾロゾロ見つかって、鑑賞の幅を広げてくれる。最近は「ぐるりのこと」「ターン」「君の友だち」「重力ピエロ」「アフタースクール」などなどを観た。

「アフタースクール」もだが内田けんじ作品は本当に面白い。「運命じゃない人」には驚かされた。絶対お勧め。二度三度と観たくなる映画。何度も観なおせるのもDVDのよい所だ。ちょっとネタバレだけど、結婚詐欺師の話題の冒頭に繋がって戻る。

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2009/10/20

喜ばしいこと

前夜にぽつりと言い出して、日曜に次男が我が家に友だちを呼ぶことになった。

さあ大変。全ての予定を変えて準備にかかる。居間だ、玄関だ、トイレだと、掃除、掃除、掃除、、、普段はめちゃくちゃな男所帯だから大騒ぎになる。息子も心得ていて、早起きをして掃除機をかけている。そういう意味では、以前に比べて随分と楽になったものだ。

喜ばしいことに、長男も次男も幼い頃から友だちを家に連れてくることが多かった。生花もなければオシャレなインテリアにも縁遠い、こんなむさくるしい家庭を、自慢するとは言わないまでも、少なくとも普通の家と思ってくれているのだ。妻が亡くなって、どこかみっともなくて知人を家に入れなくなったのは僕だけなのだ。

時々、勧誘員やサービスマンは上がり込むが、お茶を出したりするのが苦手だ。余談だが、会社のセクハラ研修で「接客時のお茶は女性に入れてもらったほうが美味しいと思うか」という質問があったが、偏見だ時代遅れだといわれようが、本音はやっぱり女性に入れてもらったほうが美味しいと思う。

それでも息子の友達が来れば、昼食を用意するしおやつも出す。今回は近所のスーパーで出来合いの生ピサを買って、ちょっとトッピングを増やして焼いて出した。ふう。

居間を来客に占領されているので、寝室に閉じこもって、することもなくケータイをいじっていたら、突然液晶画面が明るくなった。実は今まで故障していて、画面に黒い霧がかかった感じで見辛くなっていた。それが今年の6月のことで、買い替えも考えていたのだが、突然に治ったのだ。電子部品は不可思議だ。とにかく明るくなってとても喜ばしい。

100_5567 三つめの喜ばしいことは、次男の誕生日が近いということで、友達が帰ってから、都内某ホテルのバイキングレストランでお祝いをした。誕生日で2割引の上、会員ポイントを溜めてホテル金券をゲットしていたので出費ゼロ。バイキングは好き嫌いの多い息子達には好評で、ワインも飲んで、最後にホテルから小さなケーキもプレゼントされて、楽しい夜を過ごした。

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