2010/10/17

東京駅 駅弁コレクション

今の職場に移って2年半が過ぎた。その間、関西某所での大きなプロジェクトがあって、出張を繰り返していたのだが、ここで一段落した。振り返ると、「何もないところから、よくぞこんなに立派なのもができて」と、やや感無量なのだが、これから出張の頻度は落ちていくことになる。

そんな訳で、ここで、その間に撮りだめてきた駅弁コレクションを披露したいと思う。いったい東京駅構内でどのくらいの種類の駅弁が売られているか、ご存じか。この2年半で100回近く出張した計算になるが、それでも、とても食べ尽くせる数ではない。その何倍にもなる。安さそれなりのもの、比較的安くて美味しいもの、高級老舗の味、どう見たって割高なぼったくり弁、さまざまに構内のあちこちで売られていて、東京駅弁は奥が深い。

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それでは、一気に放出するが、去年の春に携帯電話をなくして、その時にそれまで撮りだめた画像を失っているので(実はケータイをなくして、このことが当時一番のショックだった)、ほんとうは、もう少し多かったのである。

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2010/08/29

10年夏の旅② 上高地

翌日、松本を発って上高地へ向かう。

R0012749松本どころでなくて、上高地こそ中学の修学旅行以来の何十年ぶりの地。以前から行こう行こうと思いつつ、マイカー規制のルールも良く知らないこともあって、なかなか実現しなかった。

コアなオブブログ・ファン(そんな方は居ないか)ならピンときているだろうが、「オブの本棚」でいの一番に取りあげるぐらい、ウェストンが教えてくれた上高地に憧れている。

手前の沢渡というところでクルマを置いて、バスで上高地に入っていく。とにかく涼しい。それだけでも上高地に来てよかったと思ったが、マイカー規制で残されている美しい自然、大正池や河童橋の景観も一流、ホテルも一流、ほんとうに素晴らしいところだった。

とても表現できる筆力が無いから、画像を貼るのみ。

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あいにく天気は晴れたり降られたりだったが、よく晴れた河童橋からの穂高連峰よりも、しっとりした雨上がりの森のほうが心に強く残ったのは、やはり歳のせいかと、中学以来の上高地で思った。

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日本は、ありふれたものが、どれでも美しい (by ウェストン)

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2010/08/22

10年夏の旅① 松本

寅と申の年は諏訪の御柱祭の年であるが、その御柱の年に生まれた息子たちは、寅と申の年に受験生になる。そうすると必然的に夏も勉強しなければならず、僕は6年に一度の割で、夏の海外旅行を諦め、軽めの国内旅をしている。12年前は戸隠・白馬、6年前は瀬戸内海クルーズだった。

前置きが長くなったが、そんな訳で今年は、高速道路も休日1000円になっているしということで、信州ドライブに決めた。

中央フリーウェイを滑走路のようにして、初日に向かったのは松本。

何度か書いているが、僕は20代後半から40才ぐらいまで、長野県担当の営業マンとして、小淵沢、茅野、諏訪、岡谷、辰野、塩尻、松本と日本のスイスといわれた南信の精密機械メーカーを毎日のように訪問していたので、ハンドルを握りながらの思い出話が尽きない。諏訪の御柱だって、三~四回経験していることになる。

11時近くに家を出たので幸い渋滞にも会わず、松本のビジネスホテルにチェックインタイム前に到着。バタバタと部屋を準備して貰って、クルマと荷物を置いてから徒歩で松本城へ向かった。松本の町並みも懐かしかった。松本城はこの日は薪能ということでヤヤ混雑。

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今回、松本に寄った理由がある。営業マン時代に地元のお客さんに紹介してもらいよく行った蕎麦屋さんに、十数年ぶりで行きたかったからだ。毎年のように大晦日のブログに登場する「年越しそば」の取り寄せ元である。若き頃、年末仕事納めの日に、諏訪方面からずっと得意先を挨拶まわりして、最後に一番遠い松本に着く。夕暮れ、凍えるような寒さの中で顧客に「良いお年を」と挨拶した後、必ずこの「こばやし」さんに寄って、蕎麦で体を温めた。

そして、その帰りにお土産として年越し用の生蕎麦を買って帰っていた。やがてクール宅配便などという便利なものが出来てからは、はがき一枚で送ってもらえるようになったが、気がつくと20年以上、年越そばのお取り寄せを続けている。

薪能をそこそこで切り上げて、閉店間際にお店に辿り着く。さすがに代替わりをされていたようだが、店内に20年前の面影が残る。古いラジオやテレビが置いてあったが、きっと当時も有ったのだろう。ちょっぴり贅沢に、馬刺しでひや酒を一杯遣ってから、蕎麦を頼んで、大晦日に備えての茹で方を確認。夏だけれど当時を偲んで温かい蕎麦も注文した。

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ホロ酔いでビジネスホテルに戻る。部屋はシングルを三つ。我が子たちも自由に過ごせて気に入ったようだ。テレビを見たのか、ゲームをしたんだか、読書をしたのか。我が家の家族旅行も年々形が変わっていくようだ。

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2010/05/09

ゴールデンウィークのまとめ

  今年のゴールデンウィーク、
振り返ってみると、いかにもという自分らしい休日だった。

Nec_0335 まずは神宮球場でのベイスターズ観戦。ナイターには相当寒く、風邪をひいてしまった。焼酎のお湯割りを何杯も飲む。

昨年はハマスタ、ドーム、神宮とどこへいっても勝てなかったけれど、この日は、0対6からの大逆転勝利。今年のベイは確かに上向いているようだ。

Nec_0336 それから、空いた日はとにかく卓球練習。そしてついに卓球公式戦デビュー。○○区卓球連盟団体戦の一番下のクラスに出場。井の中の蛙が大海を見てきた。

個人成績はまあまあの3勝2敗。見てきた海がとにかく楽しくて、打ち上げは反省会で大盛上がり、気がつけば午前様で飲み過ぎる。

そして、恒例の家族旅行は20年ぶりの鴨川グランドホテルに行ってきた。今年は次男君が受験生なので、遠出は自粛することにした。海を見て、シャチを見て、ひと風呂浴びて、美味しい物を食べて帰ってきた。

以下、オブには珍しいグルメグログ風

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2010/04/11

弾丸台湾出張

久しぶりに台湾に行ってきた。

ブログを遡ってみると4年ぶりのようだ。この時は仲間とのゆったり気分の出張だったが、今回は上役のカバン持ちで、しかも滞在時間26時間という弾丸ツアーだったので、さすがに疲れた。工場1ヶ所、店舗2ヶ所を廻って、夜は社長さん相手の接待。ホテルに戻ってきたのは、日付が変わってからだった。

まぁ、そんな中でも、新竹から台北まで新幹線にのったり、天母のSOGOや台湾の秋葉原といわれている光華新天地をうろついたりと、それなりに好奇心を満たす観光気分も味わってきた。

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それといつも思うが、何といってもリージェント・タイペイ(晶華酒店)で目覚める朝には癒される。眼下の林森公園を眺め、世界一との評判もある朝食ブッフェをいただく(例外なく二日酔いだが)ひとときが、僅かな楽しみなのだ。

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2009/12/26

実は、ラッキーがもうひとつ。

思わぬ職場閉鎖騒ぎで書きそびれていたが、実は先日の休みもちょっといいことがあった。

天皇誕生日は関西出張の谷間でフリータイムだったので、西に足を延ばして観光してきた。もちろん新しいカメラを抱えて。姫路城の大改修が近々始まって、5年間ぐらいその姿を見ることができなくなるということだったので、ぜひこの機会にパチリと写そうと思った。

御存じのように僕は観光バス好きなので、事前予約で参加したら、ここでも思わぬ事態が待っていた。

なんとなんと乗客は僕ひとりだけ。大型バスに運転手さんとバスガイドさんとの3人という事態になってしまった。へそ曲がりが選ぶ旅だから、こういうことがあってもそれほどおかしくない。オーストラリアでも我が家族だけというのは良くあったが、一人旅では始めてなので、それほど社交的ではない僕としては相当ビビった。

でも、すぐに慣れて、車内では若くて美人のバスガイドさんが隣に座って観光案内をしてくれて、バスを降りれば天守閣までの道をおしゃべりしながら二人並んで歩いたりと、まるでデート気分の贅沢な一日になった。ラッキー。

というわけで、旅写真をアップして久々にマイフォトを更新。(画面左下の「OB’s Gazebo Ⅷ」をクリック)

Himeji

Kokoen

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2009/12/24

旅の途中で

一昨日から、出張に出ている。
昨日は休日だったので、新しいカメラを片手にぶらついていた。
楽しい観光になったが、それは後日書くとして、
ホテルのパソコンから、昨夜の写真を一枚UP。

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2009/09/24

思い出す旅、絆の旅

例年、5月と夏休みしか家族旅行をしないのだが、突然、降って湧いたシルバーウィークとやらで、墓参りをさっさとすませて、富士の麓のリゾートマンションに行って来た。このマンションはバブル期に父親が買ったもので、親や兄弟でシェアして使ってきたのだが、ここ数年僕が行くことはなかった。妻との思い出が深すぎる場所であったから。

オーストラリア旅行に嵌る以前、我が家の夏休みといえばこのマンションだった。指折って数えてみると、90年から96年までの夏をここで過ごしたことになる。

8月になると僕の夏休み前から、2週間ぐらい妻と子供達はこのマンションで暮らすように過ごした。遊園地やレジャー施設も沢山有るのだが、それよりもハイキングとか森林公園とか自然たっぷりのお金のかからない場所で遊んでいた。それが、大混雑する避暑地の楽しみ方のコツでもあった。時には大学時代の友人一家や子供の幼稚園仲間の家族を招待して、賑やかに楽しんだ。

100_5404 旅行記にブツブツ書いていている僕の滞在型リゾート嗜好の原点はここにある。朝に昼に夕に、マンションの大窓いっぱいの富士山を眺めていた。いつまでもいつまでも富士を見飽きることがないのは、山にかかる雲が変化に富んだ表情を作り上げていくからで、プロフに「流れる雲が好き」と書く原点もまたここにある。

そんな思い出の地に久しぶりに来て、さて何をしようかと息子達と相談すると、当然のように当時と同じ行動パターンがいいという返事が帰ってきた。

100_54181日目はハイキング、足和田山を登って三湖台、紅葉台へと抜けるコースは、当時子供たちと何度も歩いた道である。大混雑の喧騒から一歩離れた静かな自然歩道は、今も昔も子供たちとの会話を深めるには絶好の場所となる。学校のこと、友達のこと、進路のこと、歩き、話し、歩き、話し、親子の絆が少しばかり強まる。

当時は幼い子供たちの体力を気遣いながら歩いたものだが、今の彼らは逞しく、むしろ自分の衰えを実感するばかりであった。合計5時間のハイキング。途中、三湖台でコンビニ弁当の昼食。絶景ではあるが、残念ながら富士は雲の中で顔を見せてはくれなかった。

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100_5495 2日目、午前中はのんびりと思い思いに部屋で過ごす。僕は読書三昧。ところで新創刊のG2というノンフィクション雑誌が面白い。1300円もするのに、なんでも全ての記事がネットで読めるらしい。電子出版に対するチャレンジのようで、仕事柄からも興味深い。

午後は併設するリゾートプールででひと泳ぎ。ここもまたいつも閑散としている静かな場所なのだ。僕にとってプールも久しぶりで、100M泳いだら最後はヘロヘロで溺れそうになった。残念だが体力は確実に衰えている。それに比べて次男のバタフライがなんと逞しいことか。

そんなわけで、昔取った杵柄で、金も使わず、往復渋滞にも会わず、懐かしい旅を終え、家族の絆と体力の衰えをしっかりと感じてきた。シルバーウィーク、なかなか良いものだが、次は6年後らしい。

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2009/09/05

09年夏の旅⑥ おまけで、映画のこと三題

クイズ、何の写真?

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宿泊していたシーワールドリゾートのすぐ近くで、「ナルニア国物語 第3章」の撮影をしていた。アスランは見当たらなかった。さすが、ゴールドコースト。俳優たちもどこかのホテルに宿泊しているのだろう。

さてさて、旅も終りに近づいて、帰りの飛行機で公開前の映画を2本観た。

96h 一本目は、「96時間」。リュックベッソン製作とあっては、ニキータ、レオン、アンジェラ大好きの僕としては見逃せない。離婚した元妻と一緒に暮らす娘が、旅先で誘拐された。96時間以内に助け出さなければ殺されてしまうと、たったひとりで探し出し助けに向かう、元工作員のスーパー父ちゃんの話。リュックベッソンならではのダーティアクションを堪能した。

Faubourg もう一本は、「幸せはシャンソニア劇場から」。名作「コーラス」のスタッフが作った映画で、ラストで親子になる先生と生徒が、今度は最初から親子役を演じていている。不況で閉鎖に追い込まれたシャンソニア劇場を、従業員たちが再生していく感動物語だが、「忘れられない感動はいつも音楽と共に」と宣伝文句にあるように、ミュージックシーンも素晴らしかった。

偶然だが、どちらの主人公も離婚して、子供は再婚した元妻と暮らすことになる。片方はスーパーダーティヒーロー、片方は失業中のヨレヨレオヤジ。一見対称的のようだが、ともに離れて暮らす子供への思いは深く、失格親父の意地の見せ所といったところに思いっきり感情移入できた。

帰りの飛行機の中まで、しっかり父親で有り続けた旅だった。   (完)

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09年夏の旅⑤ 旅の風聞

去年の旅日記には、媚びぬ街パースと書いた。空前の地下資源ビジネス景気で、観光客の皆さん、どうぞ勝手に我が街を見て行ってくださいという感じだったが、それに比較すると、ゴールドコーストは世界有数の「おもてなしの街」といってよいだろう。何億円もする高層ビルのペントハウスに棲むセレブを筆頭に、世界中から集まるリゾート客を満足させてきたのだから、ホテルもレストランもショップも現地ツアーも、総じておもてなしレベルが高く、外れが無い。

100_5201 旅人が街の様子を垣間見れる機会は少ない。現地ツアーのガイドの話ぐらいだろうか。「ユーカリの種類は600以上あって、そのうちコアラが食べるのはわずか30種類云々」なんて耳にタコの話(この数字もガイドによって少しずつ違うのだが)の合間の、「インフレで暮らしにくい、住宅が高い、食事が高い」とか「オージーは番犬しか飼っていなので、小さい犬を散歩させているのは間違いなくセレブ」といった話に耳を傾ける。

100_5189 サーファーズパラダイスをうろついてのちょっとした気づきもある。どのくらい高いかと冷やかしで覗く不動産屋の看板は中国語だらけである。4年前はアラブ文字だった。たぶんその前は日本語だったのだろう。金持ち民族の変遷が伺える。かつてゴールドコーストをワールドクラスに育てた日本資本はとっくに引き揚げているが、どうやら日本食は残ったようだ。ラーメン屋も鮨屋も、上手に箸を使う異国人で満席だった。

100_5136 オーストラリアで暮らしたい。大空を、大地を、大海を眺めるたびに、そんな思いが常に過るのだが、一方でそれは絶対不可能だと思う現実の自分が浮き彫りになる。真逆のオーストラリアは、まさに「鏡の国」なのであろう。鏡の国にもう一人の自分がいて、豪州旅は彼に会いにいく旅なのかもしれない。ほんの数日、彼と入れ替わっているのかもしれない。

鏡の国の証が南十字星だと思うが、7度も訪れているので見つけるのが上手くなった。特技の欄に書きたいくらいだ。毎晩のように見上げているのだが、子供たちも、ツアーで一緒の観光客も僕ほどには関心がないようだ。なぜなんだろうと考え、思い当たった。

「怪傑ハリマオ」だった。三橋美智也の「そ~らのはてに十字星~」という歌声が耳に残る。ロマンチックな「南十字星の歌」も流れていた。そう、ハリマオ世代には南十字星に、子供のころからの特別な思い入れがあるのだ。今思えば、10年前初めてオーストラリアに行った時、洗面台の逆渦巻きと南十字星を見るのが一番の目的だった。

双六のあがりの年に、ふっきれないオーストラリアへの慕情が残る。
今から来年のことを考えてもしょうがないが、どうなることやら。

キザな言い方をすれば、サザンクロスが俺を呼んでいる。

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