2009/07/07

このところ

だいぶ更新をサボってしまった。理由は偏に忙しく、マッサージのたびに「疲れていますね」といわれる程度にくたびれてはいるが、特に体調に異変は無く、お気遣いくださった方々に大変申し訳なく思っている。

その間のことを書き出そうと思う。仕事のほうは相変わらず関西出張が多く、ブログを止めている間に、一泊出張を4回、日帰りを2回した。連休明け、新型インフルエンザでマスクの街と化した神戸を歩いたのが、はるか昔に思える。

定額給付金で電子レンジを買い換えた。回転しない電子レンジに隔世の感があり、スチームだのグリルだのがあって、毎回、新たな料理にチャレンジしている。実は更新をサボっている最大の理由はココにあって、主な更新タイムだった土日の夜は、料理とその片付けで、充実感はあるがヘロヘロになっている。

遊ぶ方・飲む方も相変わらずで、手帳をめくると、赤坂で同窓会、四谷で送別会、PTA懇親会、スミジョーのコンサート、卓球大会と盛りだくさんだった。この先も毎週末に予定が入っている。

出張の車中で読書が進む。「ららら科学の子」「旧字力、旧仮名力」「ひとがた流し」「平生の心がけ」「天使と悪魔」「イカの哲学」「秀吉の枷」読了。

夜の過ごし方はといえば、メタボ指導で酒量を抑えているので、寂しい独り身のお相手は、弱っちいベイスターズと古い映画。山田洋次の民子三部作や黒澤明のモノクロ現代劇数本、マカロニとハリーキャラハンの若きイーストウッドなんかを観た。

メタボ指導は、けっこう頑張って誓いを守っているのだが、減量は大してできていない。ただこの間、「痩せましたね」と三度言れた。業界仲間のおっさん、床屋のお姉さん、近所のおばあさん。ちょっと嬉しい。

こんな感じで、ずっと元気に暮らしていたのだが、日曜の卓球で足首を捻ってしまった。これが、試合中にペアの女性を庇って負傷したなんていうのならまだしも、練習の終わりに隅に転がっているボールを拾いにいって、人知れずグキっとやってしまった。あまりにカッコ悪く、何でもない素振りで家に帰った。

今もシクシクと痛む。卓球ママさん達には内緒にしたが、結局ブログで甘えたく、更新している次第である。

| | コメント (3) | トラックバック (2)

2009/05/16

連休の後も

連休が終わっても、相変わらず遊んでいる。

恒例のベイファン仲間の集まりが二回あった。ドームの巨人戦とハマスタの阪神戦に行く。

F1000023_2F1000022_2F1000021_2F1000019

 

 

 

 

ドームでちっちゃく観ても、ハマスタの最前席から見ても、結局負け試合。ストレスは溜まる。

そのあいだに、「化粧」に続いて井上作品をもう一本観た。銀河劇場の「きらめく星座」。これも傑作といわれていて、ぜひ見たいと思っていた。

100_4733_3 戦時中でも、明るく、逞しく、清らかで、皆で助け合って生きている古き良き日本人の姿に心が温まった。戦争のばかばかしさ、命あることの奇跡。なぜか聞きおぼえている「燦めく星座」も「青空」も、歌声が心に残る。

大病を乗り越えて頑張っているという愛華みれさんの情報も事前に入っていたので、「さあ、僕も頑張ろう」と元気の出た芝居だった。

| | コメント (4) | トラックバック (0)

2009/05/10

GW 広島・山口の旅

ここ数年GWに、奈良・北海道・群馬と家族旅行をしている。さて、今年は何処に行こうかと子供たちと相談する時、長男は東北・四国・チャイナ、次男は栃木・九州・シアトルと、彼等も学校行事であちこち出かけるようになっているので、当然それらを除いていかなければならない。

その時たまたま「夕凪の街、桜の国」という映画を見たばかりだったので、広島はどうかと提案したら、意外とすんなり決まった。ついでに隣の山口にも行きたいと、「萩・津和野・宮島の旅」というバスツアーを選び出した。

告白するが、実は遥か昔の高校生の時、山口県某所の女子高生と文通をしていた。なぜに、山口?

当時の僕は司馬遼の維新小説にハマっていて、長州は憧れの地だった。雑誌のペンフレンド募集の中から彼女を見つけて、そんな理由を書いて文通を始めたのである。その顛末は内緒ということにして、そんなわけで、今回、萩の町に行けるのが一番の楽しみだった。

一日目

羽田→広島平和記念公園→宮島→錦帯橋→湯田温泉

A1A2A3

ちょうど30年前、髪を切ってから就職が決まった時に、関西・山陽・四国あたりを一人旅した。宮島、錦帯橋にはその時に訪れたが、原爆資料館には行くことができなかった。

資料館に実際に行ってみて新しく知ることも多く、「夕凪の街、桜の国」のせいもあるのだろうが、「黒い雨」や「はだしのゲン」なんかも思い出して、なんとなく涙ぐみながら平和公園を歩いていた。子供たちに聞くと、彼らもけっこう知っていて、今の平和教育の一端を確認できた。ただ、GWの人混みがラッシュ電車のようで、もう少しじっくりと廻りたかった。

その人混みは宮島・錦帯橋も同じで、30年前は平日だったからだろうか、静寂なイメージがあったのだが、それが時の流れよりもなにも、大きく違っていた。

二日目

湯田温泉→瑠璃光寺→雪舟庭園→秋吉台→秋芳洞→青海島→萩温泉

B1_2B2_2B3_2

この日は山口から萩まで移動しただけだが、思いのほか盛りだくさんの観光だった。思いのほかということでは、大した見どころではないと思っていた瑠璃光寺も雪舟庭園も、なかなか趣があって良かった。

わけもわからず「カルスト台地」と、小学校の教科書で丸暗記した秋吉台・秋芳洞は自分の予想を遥かに超えていた。昨夏にパース近郊の奇勝ピナクルズやマンモス洞窟を見てきたが、それを凌ぐスケールにちょっと驚いた。

逆に、海上のアルプス青海島は、知床クルーズと比べるとだいぶ見劣りがしてしまう。他と比較することで旅はさらに深みを増してくる。

三日目

萩温泉→萩城下町→東光寺→松陰神社→津和野→広島空港→羽田

C12C3

最近、戦国武将に憧れる「歴女」なるものが出現しているという。彼女達からはそうとうマニアックな武将の名があがるようだが、マンガやドラマの人物イメージと重ねているのだろう。もっとも、直江兼続にしても誰にしても、僕のほうは「信長の野望」のパラメータのイメージで縛られているわけで、五十歩百歩ではあるのだが。

十代後半の僕は、歴女ならぬ歴高生であった。司馬遼小説の登場人物に憧れていた。萩という町は遠い憧れの地だった。その地に立って空を見渡せば、いつのまにか年を遡って歴高生の胸の高鳴りも戻ってきた。

長男は僕が出がけに渡した「世に棲む日日」を読み進めていた。次男の名前が高杉晋作に縁深いことを彼に伝えた。松陰、奇兵隊、明治の元勲たち、ついでに「おれは直角」の話までしだした、やや興奮気味のアホオヤジの傍らで、子供たちは何を思っただろうか。

D1D2D3

最後に津和野に寄った。自由時間を鯉をみてのんびり過ごそうと思っていたら、今度は長男が張り切っていて、鴎外記念館まで行きたいという。時間いっぱい使って頑張って歩いた。お土産として、鴎外が受け取った年賀状集を買った。当時の年賀状の様子がわかり、とても興味深い本だ。

100_4663

「百Googleは一見にしかず」

原爆記念館の展示物、秋吉台のスケール、瑠璃光寺・雪舟庭園・東光寺の趣、小柄な萩の城下町。この旅の間、口癖のようにそう呟いていた。

旅というものはそういうものだと、今更ながら思った。

| | コメント (6) | トラックバック (0)

«「化粧 二幕」